――シュライク・本屋――

「はぁ、やっぱりこの仕事は落ち着くわぁ」
本屋の店員はカウンターに手をつき、人のいない店内を眺めていた。
本屋であるが故に紙の匂いがこの空間に満ちていた。
ガーッ
ぼーっとしていると、いつの間にか人が一人店の中に入ってきていた。
(あっ、あの顔は)
入ってきた客の顔を見れば、ちょっと前に見たことのある顔だった。
「いらっしゃいませー」
少しだけ言うのが遅れたが、客は何一つ気にしていなかった。
客の服装は魔術士の格好で、長く伸びた髪は何にも縛られる事無く揺れていた。
整った顔立ちはそこら辺にいる女性よりもきれいだった。
そこまで至って、ようやく誰と似ているのかを理解した。
前に、今の客のように魔術士の格好をした客が来ていたのだ。今の客とは多少違う部分はあるものの、同一人物だと間違えてしまうほど二人は似ていた。
(双子なのかな?)
店員はそんなことを考えながら客がどこに行くのか見ていた。
すると、客は真ん中の棚のところに入った。
確か、この客と似ている人も真ん中の棚に入って行った。
真ん中の棚には写真集(男の人向け)があるのだが、それを見たあの時の客は『無意味な本だな』と、一蹴していた。
その人物と似ている彼も同じことを言うのだろうか。
双子ならありえそうだな、と店員は興味津々で彼を見ていた。
彼は写真集が目に入ると、それを手に取った。
―――そして、見るなりいきなり子供っぽい声で喋りだした。
「ねぇ、メイレン。この人たち暑いの?」
一瞬、店員は気絶しそうになった。
彼の周りには人どころか、動物でさえいない。それなのに彼は誰かに向かってそう尋ねた。
すると、今度は大人の女性っぽい(ギリギリだけど)声で喋った。
「そうなんじゃない」
しかも、それは呆れたような言葉だった。自分で言った言葉に、自分で呆れながら答える。その奇妙な彼の行動に、店員はいっそのこと気を失いたかった。
「あ、IRPOにででで電話しなきゃ」
気を失いかけるのをなんとか堪えながら電話を探した。
ちらっ、と彼がいる方向を見てみる。
すると、さっきまでいたはずなのにどこかに消えてしまっていた。
もちろん、ドアから出て行けば音が鳴るので分かるのだが、全くドアが開く音がしなかった。
店員の頭からさーっと血の気が引いた。
「き………」

「きゃぁぁぁぁっ!!」

こうして、シュライクの本屋ではその不思議な話が語り継がれることになった………。


それゆけっ!!22歳最強魔術士!


「ルージュ、シュライクの本屋が大変なことになってるよ」
アセルスが苦笑しながら、ルージュに向かってそんなことを言った。
ルージュはきょとん、とした顔でアセルスを見た。
「なんで?」
「いや、なんでって……ルージュが何かしたんじゃないの?」
アセルスは頭を押さえて尋ねた。どうやら、ルージュの天然に頭が痛くなったらしい。
対して、ルージュはにこにこと笑っていた。
「何にもしてないよ。ただ写真集を立ち読みしただけだよ」
そう答えて、更に続きも喋った。
「だけど、それを持ったときにそれを見たいろんな人の気持ちが見えたよ」
魔力が上がったせいかな?と、付け加えた。
「ふーん、例えば?」
少しだけ興味が湧いたアセルスはルージュに尋ねた。
すると、さっきよりもにっこりと笑った。
「アセルスがドキドキしながら見てた」
こけた。
まさか、自分が例に挙がるとは思ってなかったし、何よりそれが身に覚えがあったのだから尚更だ。
アセルスは崩れ落ち、地面に手をついた。
「もうお嫁にいけない………」
「大丈夫。世の中には同性愛があるよ」
全くフォローになっていなかった。
ただでさえ、半妖となってから女性にドキドキして落ち込んでるのに、更に男の人向けの写真集を見てドキドキしたなどと誰かに知られたら泣けてくる。
人間だった頃は異性を見てドキドキするのが普通だと思っていたのに。
アセルスはいろんな意味で人間に戻りたくなった。
「他にはねぇ、ブルーとかレッドとかリュートとかエミリアとかT26OGとかクーンとか………」
ルージュはアセルスの事など無視し、さっきの続きを喋っていた。
だが、その途中でルージュはようやく自分が本屋で何をやったのか思い出した。
「あっ。そういえば僕、クーンの見た時の台詞を口に出しちゃったかも。確か、メイレンもだったかも」
ついさっきのことなのに記憶が曖昧になっているなんて………。アセルスは呆れた。
だが、ルージュはこれといって特に気にしていなかった。
『……いつまで油を売っている!?さっさとマジックキングダムに帰れっ!!』
ルージュに見兼ねたのだろうか、ブルーの声が急かすように怒鳴った。
今はさすがに人がいるのでルージュの体を乗っ取って喋ることはしないが、ブルーの意識だけが残っているのでルージュには声がはっきりと聞こえた。
ルージュはあからさまに嫌そうなため息を吐き、ブルーに言った。
『てゆーか、この体は僕の物だから別に何しようが構わないじゃん』
『なっ………!?』
あまりにも自己中な答えが返ってきたので、ブルーはそれに反論しようとした。
が、有無を言わさずにルージュが畳み掛けた。
『大体ね、ブルーは僕と戦う前まで主人公で、好きな所行ってたんでしょ?今まで目立ってたんだから、少しぐらい僕に出番をちょうだいよっ!!』
なんというか、ただの八つ当りだった。さすがのブルーも呆れて何も言えなかった。
だが、ルージュを止めなかったせいで更に話(愚痴)は続いた。
『(早口で)つーか、何でブルーが主人公なわけ?同じ双子だったら僕でもいいじゃん。それとも何?僕に負けたブルーには僕にないものがあるって言うの?そもそも人を道具として扱うような奴が主人公でいいの?それだったら、僕の方がいいに決まってんじゃん。それに、そのことは置いといても勝負に勝った僕がやっっっっとの思いで主人公になれったっていうのに、ブルーが何でまだ出張るんだよっ!?いい加減に僕に主人公の座を渡せよ!もうこの際だから全部言ってやるけどね―――』
「―――ルージュっ!!」
アセルスの声によってルージュは我に返った。
意識体であるブルーと会話すると、ついつい現実を忘れてしまう。しかも、今回はずっと前からブルーに言いたかったことを一気に言ったので尚更だ。
だが、ブルーはルージュの長い愚痴が途中で終わったから嬉しいかもしれないが、ルージュとしてはまだまだたくさん言いたいことがあったのでちょっと不満だった。
「そーやって、ぼーっとして歩いてるといつか痛い目にあうよ」
アセルスにはルージュがブルーと意識だけで会話をしていることを知らない。
もちろん、二人の会話内容もだ。
だが、アセルスの言う通り危ないのでしばらくブルーをほっとくことにした。
「で、どこ行こうか?」
もうここには用がないと言わんばかりに、次に行くところを決めようとしていた。
ちなみに行き先にマジックキングダムという選択肢は無い。
「じゃあ、オウミに行きたい」
そういうわけで二人はオウミへ。
『マジックキングダムは!?』
ブルーが何か言っているが、もちろん無視で。

オウミに来ると、潮の香りが鼻をくすぐった。
二人はオウミで一番豪華な屋敷に入り、その屋敷の地下に降りた。
「勝手に入っていいのかな?」
「………ルージュがそれを言う?」
二人は地下にいたモンスター達を倒しながら、アセルスが目指す目的地に急いだ。
「ここには誰かいんの?」
「メサルティムがいるんだ。彼女なら私達の力になってくれるかも」
ルージュが問う。
「力っていっても僕達何もすることないよ?」
アセルスが今気付いたかのような顔をする。
しばらくして、慌てて言い訳した。
「め、メサルティムに会いたかったんだよ。そう、そうだよっ!!」
そう言いながら、幻魔でイカを斬った。おいそしそうだな、とルージュは思った。
そして、その近くにあった部屋に入る。その部屋はどうやら海に近いらしく、潮の香りがここでもした。
「メサルティム」
アセルスが名前を呼ぶ。すると、目の前にある水の中からメサルティムが現われた。
「アセルス様、お久しぶりです」
メサルティムはアセルスに深々と礼をする。そして、ルージュを見た。
「アセルス様、こちらは?」
メサルティムは少し嫌そうな顔をしながら、アセルスに問うた。しかし、答えたのはアセルスではなくルージュだった。
「僕はルージュ。アセルスの上司だよ」
「上司?」
「そ。メサルティムがアセルスに仕えてるように、アセルスは僕に仕えてるんだよ」
さらりと嘘を言ってのけた。
アセルスは驚いたような顔をしながら口をパクパク動かし、メサルティムはその話を信じてしまった。
「ということは、ルージュ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「そうだね。一応、アセルスより上だからね」
二人はそんな話題で盛り上がる。アセルスは幻魔を握り締めて低い声でルージュの名を呼んだ。
「ル〜ジュ〜っ!!メサルティムに嘘を教えるなぁっ!!」
そう言って幻魔をルージュに振り下ろした。
「わぁっ!危ないよ、アセルス!!」
ルージュは幻魔を真剣白羽取りで受け止めた。もちろん、ルージュは傷一つ負わなかった。
「アセルス様、ルージュ様を傷つけるのはおやめ下さい」
「メサルティム!!だから、ルージュは私の上司でもなんでもないのっ!!」
ルージュがくすりと笑う。
「照れっちゃって〜」
「誰がだっ!!」
ぶち切れたアセルスの髪が緑色から青色へと変わっていく。
それにルージュは慌てて術を使った。
「ゲート〜!!」
こうして、ルージュはアセルスから逃げきったのだった………。

人が酒を飲みながら話しているのや、演奏をしている曲などがルージュの耳に入ってきた。
だからなのか、聞こえてくる声の中に自分を呼んでいるのがあることに気がつかなかった。
「よっ、ルージュ。久しぶりじゃねぇか」
「ゲンさん、それにリュートも」
二人はルージュの許可をもらう前に余っていた椅子に座った。
リュートは大袈裟に残念そうな顔をして言った。
「さっきからルージュを呼んでたのに全く気づいてくれなくてちょっと悲しかったぜぇ」
「ごめんごめん。周りがうるさくて声が聞こえなかったんだよ」
そう言ってルージュはぐいっと飲み物を飲む。
リュートはそれを見て問うた。
「ルージュがここにいるってことはブルーは負けたのか?」
「そだよ。らっく勝だったよ〜」
ルージュがそう言うと、ブルーが何かを言っているのが聞こえるが、ルージュは無視した。
「俺はブルーと行動してたからちょっと残念だな」
「ルージュとだったが、こんな薄情な奴は負ければいいと思ってたけどな」
ゲンが酒を飲みながらルージュについて喋る。
ルージュはそんなゲンに文句を言おうとしたが、その前にある話が聞こえてきた。
「………それにしても良かったのかなぁ?ボクは指輪だけで良かったのに」
「いいんじゃないかしら。残りの指輪を集めるためにはお金が必要よ。ありがたく受け取っておきましょ」
「そだね。ヨークランドの富豪さんに感謝しなくちゃ」
そんなクーンとメイレンの話をルージュは聞き入っていた。
ゲンとリュートが何か言っているが、ルージュは相手にしなかった。
「ふっ、ふふふふふ………」
「ど、どうしたんだよ。急に笑いだして」
ルージュの気味の悪さにゲンが引きながら尋ねた。
が、ルージュはそれに答えなかった。
「ゲートっ!!」
良いことを思いつくとすぐにルージュはヨークランドに向かった。

「あの………本当にクーンさん達の仲間の方なんですか?」
富豪は訝しむようにルージュを見た。
それにルージュはにっこりと営業スマイル(?)を浮かべて、優しく喋った。
「えぇ、そうです。実はクーンがあなたから頂いたお金を落としちゃったんです。……だけど、旅にはお金が必要なんで無粋だとは思いつつも富豪さんにお金を頂きに参ったんです」
暗い表情を顔に貼り付けて演技をする。
思った通りに富豪は同情するような顔をしていた。
あともう一息だ、ルージュは心の中で笑った。
「だけど、自分じゃ言いづらかったんでしょうね。クーンは僕に行ってくれるように頼んだんです。だから頼まれた僕がここに来たんです」
「………分かりました。少ないですが、お金をお渡しします」
やった、とルージュはほくそ笑んだ。我ながら名演技だと思いながら。
富豪が懐から財布を取りだし、お金をルージュに渡そうとした時だった。
ぶつりとルージュの意識が途切れた。
そして、出てきたのは今まで散々無視されてきたブルーだった。
「その金は受け取れない」
「は?」
「まだ分からないのか?こいつがお前から金を盗ろうとしたことに」
富豪はブルーが何を言っているのか理解できなかった。
それはそうだろう。お金を受け取ろうとした人物が自分を指差し、盗人であることを告白したのだから。
ブルーはその事に気がついたので説明をした。
「………話せば長くなるから省略するが、俺はさっきまでの人物とは別人だ。俺がコイツを抑えてられる時間は短い。だから早くIRPOに電話しろ」
それだけ言うと、ブルーは黙った。富豪はブルーの言った通りにIRPOに電話をした。
しばらく待てば、すぐにIRPOはやってきた。
「見つけたぞ、この盗人っ!!」
ヒューズがルージュを指差しながら怒鳴っている。
どうやら、ヒューズとルージュの間に何かあるらしい。ヒューズの背後から私怨のオーラが出ている。
もちろん、ルージュと一つになったブルーには二人の間に何があったのか知っている。
「よし、逮捕〜!!」
ヒューズは嬉しそうに笑いながら、ブルーの手に手錠を掛けた。
それと同時にブルーはルージュに体を返してやった。
「ブルーの裏切り者〜!!」
ルージュは片割れに向かって叫んだが、ブルーはもはや何も聞いてなどいなかった。

こうして、ルージュはディスペアに行くことになったのだった………。


続く。

 

 

 

 

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