始まりの地


どこまでも広がる青い空。
吹き抜ける風もとても心地良い。
バーデルゼンの中心部にある展望台に昇り、レイナスは空を眺めていた。
と、その時、展望台のドアが開く音と共に、誰かの足音が耳を突いた。
踊るような、軽やかな足音。
それが誰のものなのか・・・レイナスにはすぐにわかった。
振り返れば、予想通りの人物が。
「お待たせ、レイナス」
愛らしい笑顔でこちらに駆け寄ってくる少女。
レイナスはゆっくりと首を振った。
「いや、俺も今来たところだから」
「そう?なら良かった」
笑みを崩す事無く、その足は自分の隣へ。
ごく自然に、それが当たり前であるかのように。
レイナス自身も、それに関して何ら違和感は感じない。
それを不思議に思ったことも無い。
ニアは改めて、レイナスに笑みを向けた。






他愛も無い話が不意に止まり、二人して空を見上げる。
するとおもむろに、ニアが口を開いた。
「・・・あれから、もう一ヶ月が経つんだね」
「そうだな」
クラウディアとエルディアに真の平和が訪れてから、一ヶ月。
そして、二人が出会ってから、もうすぐ二年。
短いようでいて、とても長かった日々。
そんな旅も終結し、仲間達も在るべき場所へと帰っていった。
だが、時々思うことがある。
レイナスは思い切って問い掛けてみることにした。
「・・・ニア」
「何?」
「こんな時に、こんなこと言うのもなんだけどさ・・・」
「? えぇ」
「戻らなくても良かったのか・・・? エルディアに」
ニアと視線を合わせるのが気まずいのだろうか。
レイナスは視線を遠くへ向けたまま、居心地の悪そうな顔をしている。
彼がそんな顔をしていると、なんだかこちらまで胸が締め付けられる。
ニアは悲しそうに目を伏せ、俯いた。
「え・・・あっ! べ、別に、そういうつもりじゃないんだ!ここにいちゃいけない、とか、そういうことじゃなくて・・・!」
彼女のそんな様子が視界の隅に映り、慌てて弁解を始めるレイナス。
だが、彼女とてわかっていた。
彼がそんなつもりで言ったわけではない、ということに。
そうとはわかっていても、拒絶されてしまったようで・・・哀しくなってしまったのだ。
別に責めるつもりはない。
ニアは小さく首を振った。
「・・・うん、わかってる。レイナスの言いたいこと。 ・・・確かに、ちょっと迷ったわ。これでいいのかな・・・って。 でも・・・でもね、私・・・!」
「ニア・・・?」
何かを言いたそうなニアの瞳。
レイナスは首を傾げた。
「私・・・」
手を胸の前で組み、少し強く押し付ける。
騒ぐ心を落ち着けるように。
そして二、三度深呼吸を繰り返し、おもむろに口を開いた。
「・・・確かに、エルディアの皆は大好きよ。今も会いたいって、思ってる。 でもね、クラウディアも大切なの。私にとって。だって・・・」

「ここには、レイナス・・・貴方がいるから」

レイナスの瞳を真っ直ぐに見つめるニア。
だが、レイナスの頭の中は真っ白になって硬直していた。
そして次第にそれが解かれていったかと思えば、今度は思考をフル稼働。
まさにパニック状態。
レイナスは努めて平静状態を保とうと、必死で心臓を落ち着かせた。

―――まずは、簡単に整理してみよう。

旅が終われば、自分はカイゼルシュルトに戻るのは当たり前で。
それを広い意味で言えば、クラウディアに残ると言うことで。
そのクラウディアに、ニアは残ると言っている。
そこには自分がいるから。
ということは、ニアは・・・。
そこに辿り着いた瞬間、レイナスの顔が紅潮していく。
彼女が自分をそんな風に見ていたなんて、全然気付かなかった。
あんなに一緒にいたのに。
「? レイナス・・・?」
先程から瞬きすらしないレイナスに、ニアは心配そうにその顔を覗き込む。
次の瞬間、急に彼女の顔が近付いたことでハッとし、思わず退いてしまった。
再び、彼女の表情が曇る。
「ご、ごめん・・・! 俺・・・!」
「ううん、いいの。 ・・・知ってるから」
「え?」
「私のこと、仲間としか意識していない・・・ってこと」
ニアが寂しげに笑みを作る。
不意に、ズキン、と胸が締め付けられた。
この感情は、一体なんなのか・・・レイナスは知らない。
初めての感情に戸惑っている間にも、ニアは言葉を続ける。
「だからね、これは、私のわがまま。 でも、後悔はしたくないの。気持ちを伝えずにエルディアに帰ってしまったら、きっと後悔するって思ったから・・・。でも、レイナスの気持ちも分かってたから、ずっと言えなかった。でも、諦めるのは嫌で・・・。 だからクラウディアに残って、もう少し頑張ってみようって思ったの。レイナスを振り向かせたい・・・って」
そう言って笑う彼女は、いつになく凛としていて、輝いていて。
胸がざわめく。
一体、自分はどうしてしまったのだろう。
こんな気持ち、自分は知らない。

―――・・・知らない・・・? 本当に・・・?

改めて思い返す。
ニアに対してこんな気持ちを抱いたことがあったような・・・そんな気がする。
そうだ、彼女がアウルに連れ去られた時。
今まで感じたことのないような、真っ黒い感情に困惑した。
そして彼女の身を案じる度に心がざわついて。
彼女の無事な姿を一目見て、心の底から安堵した。
もうどこにも行って欲しくない・・・そんな風に思っていた。

―――・・・待てよ・・・。

自分の思考が矛盾している。
例えば、親友であるロナードに置き換えて考えてみよう。
彼の身に危険が降りかかれば、その危害を加えた相手に対して怒りを感じるだろうし、彼の無事な姿を見て安心もするだろう。
だが、『どこにも行って欲しくない』などと思うだろうか。
・・・いや、思わない。
ヴァイスや、ハントや、他の仲間に対しても。
そう思うのは、ニアに対してだけ。
これが意味することは一つしかない。

―――・・・そうか・・・俺は・・・

今、漸く気付いた。
自分の中を占めている、この感情の名前に。
これでやっとすっきりした。
レイナスは一歩、ニアに歩み寄る。
ニアは不思議そうに首を傾げた。
「レイナス?」
「ニアの言ったこと、間違ってるよ」
「え?」

「だって、俺は・・・ニアのことが好きなんだ・・・たぶん。 いや・・・きっと」

そう告げた瞬間、心が晴れやかに澄み渡っている。
『好き』というのは、きっとこんな感覚なんだ。
漠然としながらも、そう確信していた。
一方、突然の告白に、今度はニアの思考が停止する。
そして暫くして、嬉しそうにレイナスに微笑みかけた。

「私も、レイナスのこと好きよ。 今までも、今も、これからも・・・ずっと、ずっと・・・貴方だけを愛し続けるわ」
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→あおいなぎさ様から一周年フリリクとして頂いた小説です。
3ED後のレイニアデートをお願いしたのですが、すごくほのぼのとしていて良かったです。ありがとうございました!

 

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