グランドエイジでの決戦を明日に控えた空と地の勇者達は、その前夜をそれぞれの想いを胸に秘めながら過ごしていた………。



決戦前夜のそれぞれの想い



「……いつまで飲んでいるつもりだ?」
レイラは目の前に座る、顔が赤くなっているにもかかわらずにお酒を飲み続けている夫にそう問うた。
すると、ドモラはお酒の入ったグラスを持つ手を止めた。
「いや………なんだか落ち着かなくてな。それに、せっかくレイラが注いでくれた酒を無駄にはできんっ!」
がはは、と豪快に笑うドモラ。一方のレイラは今気づいたかのような目で手に持っていたお酒のボトルを見て、自嘲気味に呟く。
「……どうやら、落ち着かないのは私も同じようだな」
無意識のうちに動いていた手。現役の時でも、これほど落ち着かなかったことは一度もない。
そんなレイラの様子を見ていたドモラは、いきなりグラスに残っていたお酒を呷った。
そして、顔を朱に染めながら席から立った。
「……クラウディアとエルディアの平和がかかってる戦いを前にして落ち着かないのは当たり前だろう」
そう言ってからドモラは椅子に座り、レイラの持っていたボトルを取ると、自分が今持ってきたグラスをレイラに渡した。
「こういう落ち着かない時はお酒を飲むに限る。どうだ、レイラも一緒に飲まないか?」
ドモラに笑ってお酒を勧められ、レイラは一瞬悩んだが、ふ、と笑い、氷の入ったグラスをドモラに差し出した。
「……そうだな。たまにはお酒でも飲んで落ち着くのもいいかもな」
ドモラにお酒を注いでもらい、レイラはそれを一気に飲み干した。
酔いがいい感じに回ると、気分が良くなる。
レイラは空のグラスをどん、とドモラの前に置いた。
「……もう一杯もらおうか」
余談だが、その後何だかんだでレイラはお酒を飲み続け、ドモラはそれに朝まで付き合わされたのだった。


「眠れないんですか?」
ハントが銃に何の問題もないかどうかを点検していると、唐突に前から声がかけられた。
その聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはやはり見慣れた顔があった。
「……ヴァイスこそ、こんな時間まで起きて本読むってことは、寝られねぇんじゃねぇのか?」
ハントがにやにや笑いながらそう言うと、ヴァイスは本を読むためにかけていた眼鏡を外し、呆れたようにため息を吐いた。
「私の体はあなたみたいにやわじゃないので、多少寝なくても大丈夫なんですよ」
「俺の体はお前と違ってデリケートなんだよ!」
「……せめて、顔とデリケートという言葉を一致させてから寝言を言ってください」
容赦なく切って捨てるようなヴァイスの物言いにハントは悔しがるが、何も言い返せなかった。
そんなハントには目も呉れず、ヴァイスは近くにあった椅子に座る。
しばらくの間二人は何も喋らなかったが、ほんの数瞬の後、ぽつりとヴァイスが口を開いた。
「……明日の戦いで最後になりますね。勝っても、負けても………」
急に真面目な顔でそんなことを言われ、ハントの顔も真面目なものになる。
「……チャンスは一回。しかも、その一回を確実にするには俺達がアーテクトの隙を作らなきゃいけない」
そう言って、ハントは手に持っている銃に力を込める。
いつものハントらしからないセリフにヴァイスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに口を笑みの形にする。
「あなたなら大丈夫ですよ。狙撃の腕だけはいいんですから」
「……何で“だけ”を強調してんだよ?」
ハントの睨んでいるような視線をヴァイスは受け流すことはせずに、真正面からハントを―――ハントが逆にたじろくほど―――見つめた。
「狙撃の腕だけは私も認めていると言ってるんです。……それとも、私の言葉だけじゃ足りないですか?」
ヴァイスの思いもよらない言葉にハントは一瞬目を丸くしたが、やがてにやりといつもの顔に戻った。
「どうせだったら、ニアちゃんに言われたかったけどな」
「……何言ってるんですか。あまり調子にのらないでください」
「うるせぇー!」
二人はいつものように口論を始める。
それによって、二人の緊張が薄らいでいくのが分かった。
だが、しばらくすると口論がエスカレートしていき、最終的にハントに雷が落ちたのは後の話………。


目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。
しばらくの間そうしていると、ふいに後ろから自分以外の気配を感じた。
その気配を感じ取るや否や、ロナードは素早い動きで後ろを振り返り、大剣で攻撃を受け止めた。
お互いに一歩も引かない状況が続いたが、徐々にロナードが押し気味になっていった。
しかし、相手の方も負けてはおらず、ロナードの押しをそれ以上許さなかった。
「………」
「………」
どちらも譲らず、この状態が永遠に続くかと思われた時、どちらともなく武器を相手の武器から離した。
そして、武器を収める。
「……腕をあげたみたいね」
そう涼しげに言葉を発したのはロナードの従姉弟のライだった。
ロナードはよくレイナスなんかに「運動して暑いはずなのに、いつも涼しそうな顔してる」などと言われたりするが、ライの方がよっぽど涼しそうな顔をしている。
ロナードが熱を冷ますためにぼーっとしていると、ライが話しかけてきた。
「……あなたがレイナスを稽古に誘わないなんて珍しいわね」
「いや、一応誘ったんだが、用があるとかで断られた」
「そう」
会話はすぐに終了してしまった。
ロナードとライは基本的にあまり喋らない。だから、そんな二人が会話をしても必要最低限の会話で終わってしまう。
だが、今回はロナードが会話を続けた。
「……それに、未知であるアーテクトと戦うんだったら、稽古の相手も知り尽くした奴じゃなくてあまり剣を交えていない奴の方がいいかもしれないと思った」
会話が終わったものだと思っていたライはほんの少し驚いた顔をしたが、それもすぐに元に戻った。
「……そう。でも、私も体を動かしたかったからちょうど良かったわ」
ライはそう言うと、収めたはずの短刀を取り出した。
「私はまだ体を動かそうかと思うけど、あなたはどうする?」
ロナードはふっと笑うと、当然のように鞘から大剣を抜いた。
そして、ライの問いに答える。
「……もちろん、付き合わせてもらう」


布団の中に入り、明日に備えてさっさと寝ようと試みるものの、なかなか眠ることができない。
何度目かの寝返りをうった時、ラナはさすがに寝ることを諦めた。
「お姉ちゃん、起きてる………?」
さすがに寝ているだろうと思いつつも、隣のベッドで横になっている姉に話しかけてみる。
しかし、予想とは違って ニアは起きていた。
「……起きてるよ。ラナ、どうかした?」
ニアに優しく問われ、ラナは素直に今の自分の気持ちを話す。
「なんだか、明日のことを考えると眠れなくて。………エリオル、助けられるよね?」
ラナが一番心配していたのはエリオルだった。
もちろん、ラナだけではない。ニアもザードもきっと心配しているはずだ。
エリオルは自由エルディアのリーダーで、ラナ達姉妹やザードのような孤児にとっては父親のような存在でもあった。
そんな彼が二つの世界を脅かすアーテクトに体を支配されてしまっているのだ。
だから、ラナは心配でなかなか寝れずにいた。
ラナがしばらく俯いていると、ニアがぎゅっと、けれど優しくラナを抱き締めた。
「……お姉、ちゃん………?」
いきなり抱き締められたので、ラナはびっくりした。
だが、ニアは気にしないでラナを抱き締めながら小さく言葉を紡いだ。
「大丈夫よ。エリオルはザードが……ううん、私達全員が助けるんだから………」
ニアのその言葉はまるでラナにではなく、自分自身に言い聞かせているようだった。
ラナはしばらく抱き締められていたが、やがてニアをそっと離すといつもの明るい笑顔を向ける。
「うんっ!私達全員で助ければ大丈夫だよね!!」
先程、ニアがラナを励ましてくれたように、今度はラナがニアを励ました。
ニアはそんなラナの明るい笑顔を見て安心し、穏やかに微笑んだのだった………。


昼間の青く澄み切った空とは違い、暗い闇を覗かせている夜の空。
そんな空を見ていると、不思議と自分の心と向き合えるような気がした。
エリオル、アーテクト、バジアン、そして自分のこと。
ザードはそれらに対するいろんな気持ちを未だ整理できずにいた。
そんな時、誰かが甲板に出てくる音が聞こえてきた。
足音はまっすぐにザードの下へやってきて、すぐ近くまで来ると足を止めた。
「……やっぱり、ここにいたんだ」
聞こえた声に振り返ると、そこにはレイナスが立っていた。
ザードはレイナスを見るなり、あからさまに不機嫌そうな顔になった。
「俺に何か用か?」
ザードはぶっきらぼうな言い方で尋ねる。
けれど、レイナスは気にした様子もなく、にこにこと人好きのするような笑顔を浮かべてその問いに答えた。
「用ってほどじゃないんだけど、ザードに明日のことで一言言いたかったんだ」
そう言うと、レイナスはザードの隣に立って夜の空を見つめた。
「……俺達が必ずアーテクトの隙を作る。だから、ザードには俺達を信じて、拳銃の引き金を引くことだけに集中していてもらいたい」
レイナスはザードの方を見ると、苦笑して「俺のこと嫌ってるから、信じるなんて難しいだろうけど………」と付け足した。
一方、ザードは呆れたような顔でため息を吐いた。
「あのな、俺は別にアンタのこと嫌ってねぇーし。……そりゃ、気に入らない部分はあるけど、仲間としては結構信頼してるんだぜ?」
言ってて段々恥ずかしくなってきたのか、ザードはレイナスから顔を背けた。
しかし、右手だけはレイナスに差し出されていた。
「……だから、明日も信じてるからなっ!………レイナス」
最後の名前の部分は声が小さくなってしまったが、レイナスにはちゃんと聞こえていた。
だから、レイナスはにっこりと笑うとザードの手を握り返した。
「あぁ。任せてくれっ!!」


こうして、決戦の前夜は更けていくのだった………。





→コメント

初めまして、又はこんにちは!氷野梨美です。
多分、多くの方が初めてだと思うのですが、こんな名前の奴がいたのかっていう程度に名前を覚えていてくださると嬉しいです。
それにしても、大好きなフラハイのアンソロ企画に参加できるなんて………。
前回のを見て、参加したいなぁと思ってたので、すごく嬉しいですっ!!
が、話が出来上がったのは締め切りの約1週間前です(うわぁ……)
本当に遅くなってしまい申し訳ありませんでしたっ!!更に駄文で申し訳ありません。うぅ………。
完成が遅くなった原因は何個かありますけど、一番の大きな原因は話の長さかと。
最初はギャグで短めを予定してたのですが、ここはオールキャラでシリアスにしようってことになりまして………(僕の心の中で)それで、ここまで長くなってしまいました。
ベルンハイムもちゃんと出る予定だったんですけど、さすがに長くなりすぎるかな?ということで、出番を削っちゃいました。ごめんよ、ベルンハイム。
自分で自分の首を絞めてるのに書いてる途中で気づいたんですけどねぇ。その時には、もう最後の方まで書き終わっちゃってたんですよねぇー。あらら。


そういえば、最近雷雨が多いですよねぇ。地球、エルディアになっちゃうのかなぁ………?それはそれで楽しm(って、おいっ!!)
 
 
 
 

 

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